上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
けたたましい騒音が頭の中を激しく貫いても、まだ僕には実感というものが感じられていなかった。
そもそも少し前までは気絶していたのだし、そのまた前は眠っていたわけで、状況を飲み込むような材料がほとんどなかったのだ。
ただぼんやりとわかっている事は、たたき起こされた時に銃口を突きつけられていたことと、首筋を思い切り殴られて気絶してしまったらしいということ。そして再び目を開けてみれば、僕をそんな目に合わせた連中が父率いる近衛師団の連中と激しい銃撃戦を繰り広げているという現実だ。
いやむしろ夢である方が納得がいったかもしれないが、目が覚めてから泣いて叫んだとき、厚底のブーツで思い切り蹴られた顔面に残る痛みは紛れも無く現実だと主張している。鏡が無いので分からないが絶対鼻の骨が折れてるに違いない。
そんな目に合わされてからは涙一つ出なくなった。シュヴァルツ家の長男として恥じない行動を取らねばならぬと父に教えられてきた。
だから必ず助かるのだと、助けてもらえるものだと信じて疑わなかったのだ。
「隊長、俺こんなに可哀想なヤツ見たことないです」
「うるせぇど畜生!無駄口叩いてる暇があったら風穴の一つでも空けやがれ!接近されたら終わりなんだぞ!」
誘拐犯達のそんな言葉を耳の端で拾いながらも、頭の中では先程父から発せられた言葉を何度も何度も反芻していた。
「たった6人相手にマシンガン何丁も・・・さすが金持ちって感じですね隊長。」
「だまっとれバカやろう!なんでてめーらどいつもコイツも危機感がねーんだよ!」
「生き残れそうな気がしないからです隊長。」
「それは言うな!」

『一人残らず殺せ、誘拐されるような息子など私にはいない。』
『…誘拐されるような息子など私にはいない。』
『…息子など私にはいない。』

ならばここにいる僕は一体何者なのですか父上。

「あ、泣き出しちゃいましたよこいつ。隊長、怖い顔しちゃ駄目ですよ。」
「貴様の頭にはウジでも沸いてんのか!冗談は時と場所を考えて言いやがれ!」
「あー!ほら、ちゃんと前見て撃たないとこっち来ちゃいますよ!」
「てめぇ!」
黒く煤けた顔にメガネをかけ直して、男が一人顔を覗いてきた。
「辛いね、君も。」
瞬間カッとなって、男の顔を思い切り殴りつけた。メガネの割れた音がする。
「お前達が僕を誘拐なんてするから!だから父上は僕を」
そこまで喚いたところで、僕の口を覆うように手が伸びてきて、そのまま壁に叩きつけられた。
「切り捨てたのはお前の父親だろうが!」
鋭いナイフのように目を細めてそう怒鳴ったのは、先ほど隊長と呼ばれていた男だ。
「俺達は傭兵だった、てめぇの所の軍隊に入ってあっちこっち戦争に出かけた。それが仕事だったからだ!」
痛いまでの憎しみを伴った視線は、僕を通して父の姿を映していたのかもしれない。隊長と呼ばれたこの男の怒声に、僕は立ち昇った怒りを霧散させられてしまった。
「だのに戦争が終われば不利な罪を全て俺らに擦り付けて切り捨てやがったんだお前の父親は!俺達は膿じゃねぇ、腐った部分背負わされた上に切り捨てられて黙ってられるか!」
今にも顎の骨が砕けそうなほどの力が込められていたが、先ほどのメガネ男が立ち上がって隊長を後ろから抑えた。
「戦争が終わってみれば、残った問題は『非人道的な行いをしてきた』という罪の行方だったんだ。そんなくだらない名声のために罪人に仕立て上げられ、仲間達は命を失った。」
そこまで言うと隊長の腕から力が抜け、僕は顎に痛みが残るものの解放された。
知らなかった。
貴族の息子である自負はあったし、父が戦争に関与しているという事も知っていたが、それは対する悪がいるからで、戦争の終わった今、悪は滅んで父が勝ったのだとそう漠然としか知らなかった。
しかし僕は今知ってしまった。彼らの言葉を聴き、そして受け入れてしまった。
彼らの立場と思いを知った今では、彼らのせいで僕が巻き込まれたなどとは、二度と思うことができなかった。
ならばどうする。一個人となった僕が、存在しない僕が出来る行動は何だ。
「・・・僕を解放しろ。抵抗を止めて僕を差し出せ。」
「はっ、何を言うかと思えば。てめぇを差し出しても俺たちゃ蜂の巣かひき肉だ。」
呆れた顔をして隊長が言う。
「僕が近衛師団と・・・父を止める。」
「無理だ止めとけ。」
「失敗しても僕が死ぬだけだ。そうなれば徹底抗戦でもなんでもすればいい。」
正直、こんなことを言うのは賭け以外の何でもないと僕自身分かっていた。
止められる保証は何も無く、それ以前に言葉を発することすら出来るかどうか定かではない。
しかし今ここで僕が出来る行動として選んだのはこれだったのだ。
「出て行くなりミンチになって終わりだ、それ以上なんかありゃしねぇ。・・・俺は期待なんざしねぇが、てめぇがミンチになりたいってんなら好きにしな。」




続いちゃいました(~_~;)
... 続きを読む
スポンサーサイト
2008.03.07 隣の
「あら、おはようございます。」
扉を開けると訪れた、朝の眩しさに目を晦ませていたところへ声をかけられた。
「ああ、どうも、おはようございます。」
青くて大きなゴミ袋を両手で掴んで運んでいるのは、確か三軒隣の家の奥さんだったような気がする。かけられた声にほぼ反射的に返答しながら、後ろ手で扉を閉めた。軽快な閉まる音を耳で拾いながら、なかなかすぐに挨拶できるようになったじゃないか、と改めて自分を見直した。
脳裏に近所の方々の白い目が思い浮かんでしまい、頭を振って記憶を追い払った。せっかくの朝が台無しになってしまうじゃないか。
「まだ眠いですか?」
頭を振った事を勘違いされたのか、そう聞いてきた奥さんに大丈夫です、と笑顔で返した。
スラックスを汚さないよう気をつけながら、扉横のゴミ袋を引っ掴む。出勤前のゴミ出しこそ一家の主の勤めである、by妻。と上手く乗せられて自分の役割になってしまった。
「いつもこれくらいの時間にご出勤でしたっけ?」
そんな問いに、奥さん連中はよくまぁ人のことを観察しているもんだと改めて認識しながら、
「いつもはもう少し遅いのですが、今日はこれがありますので。」
そう答えてゴミ袋を少し掲げて見せた。軽く頷く仕草をしているところをみると、納得してくれたのだろう。
そうしているうちにゴミ捨て場に着いた。僕の身長よりも高く積み上げられた塔はまだ均整を保ってはいたが、道には既にはみ出してる。その頂上から中腹までにお情け程度の防護ネットが掛けられているのが、サイズの合わなくなった服を無理やり着ている人のようでなんとも情けない。
崩れなさそうな場所を探してみると、なんとかお腹の出っ張りの上には二つくらい置けそうな気がした。ちょっとだけ勢いをつけて投げ、上に乗せる。
「あの上まだ置けそうですから、置きますよ。」
そう言って、未だ確信も持てず名前も思い出せていない奥さんからゴミ袋を受け取って、同様にぶん投げた。
「ありがとうございます。気をつけて行ってらっしゃい。」
にこやかな笑みを浮かべてそう言ってくれた奥さんに、今日二度目の行ってきますを言って、僕は会社に向かう。
軽くなった足取りで進みながら、もし三軒隣の奥さんどころかむしろ未婚の方だったらごめんなさい、なんて心の中で謝った。


... 続きを読む
「ミミズクと夜の王」は、第13回電撃文庫小説大賞で大賞を獲得した作品です。作者は「紅玉いづき」さん、イラストは「磯野宏夫」さんです。

電撃文庫はわしにとって、欠かせないライトノベルの総本山です。あくまでわしにとって。
この電撃文庫の小説からライトノベルを知り、自ら書きたいと思い、歩んでいく(途中休憩盛りだくさん)元となったトコです。

ま、そんな管理人のつぶやきはさておき。


ある日もいつものように本屋さんに寄ったところ、電撃文庫の本が積まれておりまして。

お、新刊が出たのか。

とまぁ、少し楽しみにその本の山を覗き込んでおったわけです。
過ぎ去ったいつかの頃には、電撃文庫の新刊が発売される毎月10日前後を、新刊をチェックしながら楽しみに待っておったのでありますが、今はもうなんだか、好きだった作品もいくつも完結してしまい、熱もなんだか冷めてしまってチェックすることさえしなくなっておりました。

見たこともない名前がいっぱいだなぁ。って受賞作か。

第13回電撃文庫小説大賞受賞作、と帯にでっかく書かれた其れを見ていると、内心は案外複雑なのです。いつかここに、と思う想いだけ先走って、結局何も出来ていない自分を照らし出す現実が其処にあるからでした。
いやまぁ、呟きはほどほどにしまして。
ふと、一つの作品で目が止まったのでした。

…すっげぇ表紙綺麗…

他の作品がキャラキャラしている中で、その作品は油絵のようなタッチで、額に入れて飾られている風景をフラッシュバックさせるように其処に在ったのでした。
夜の色。深く暗い森の天上に明々と月が照る。白いブラウスの少女と見て取れる子が赤い花咲く草原にたたずむ。…そんな絵画。

あー…キタ。

それは背筋がざわりと震える瞬間。
わしはどうやら、自分の中の直感を司る水瓶がふと、あふれるときがあるようです。あふれた水が背中の内側をざわりとくすぐるようなのです。周りの音が一瞬遠のき、鳥肌は全身を一撫でして足の裏から抜けていきます。

これは読まなきゃいかんようだなぁ。

喧騒が戻ってきた頃、わしはその本を手に取りました。ある時を境に、わしは自分の直感を何の躊躇いもなく信じてみようと決めていたのです。それはまるで天啓のように。
あらすじを読んでみても、確かに面白そうでありました。迷うことなくレジに持っていくと、馴染みの店員さんがいました。

買うんですか。

店員さんは言います。

その絵ってあれですよ、聖剣伝説のイメージイラスト描いた人ですよ。綺麗な絵ですよねぇ。

なるほど。まぁ聖剣伝説は2からしかやったことないのでパッと思い浮かばなかったのですが、凄そうなイメージは伝わってきました。しかし、イラストはあくまでイラストな訳です。購入する基準になることはあっても、内容がイマイチであれば評価はされない物なのです。

イラストは確かに綺麗だけど。ま、読むまでわからんさ。

その時すでに、わしの中にあったのは高ぶる好奇心だけでした。近年、受賞する作品のレベルがぐんと上がっているのはもう周知の事実でありましょうし、出ない事すらもある大賞の座を射止めたというそれだけでも、充分に興味引かれるものなのであります。

キャラクター化するよりも、こういう絵画が合うと判断されてこの表紙になったんだろうな。ライトノベル=キャラって図式には当てはまらないんだろうか。でもこんな人を起用するだけあって中身も相当・・・・

とまぁとりとめもなく頭の中で考えていたりしたわけでありました。
さてさて、そんな訳で購入した本を、わしはさっそく読むことにしたのであります。近頃購入した小説なんかは、仕事の忙しさも相まって何ヶ月も読まないまま、なんてことになってしまう場合もよくあるのでしたが、今回は例外といいましょうか。一刻も早く読みたいというのが心情でありました。

・・・不思議な文体。すらすらと流れているかと思えば、時折飛んだり跳ねたり。とても掴みにくいけれど、それがむしろ飽きさせなくて心地良い・・・。

華やかに、たくさんの語彙を用いて飾り立てているわけではありませんでした。むしろそれは、例えるなら一本の白い糸のような。一枚の白い布のような。少しの抵抗も感じさせないまますんなりと体を通り抜けていく感覚に似ておりました。
案の定。わしはご飯の時間が来ても手が止まらなくて怒られるくらい、その物語の中にドップリと沈み込んでいったのでありました。


この物語の内容を語ることは避けたいと思います。
もちろん簡単に説明することは出来ますが、むしろわしはそれを、この小説を読む最中に少しずつ知っていく、それを楽しんで欲しいと思います。
ってわしの小説じゃないですが・・・。
紐解けば、あるいはありふれた物語の形を成しているのかもしれません。しかしながら、それをしてなお大賞に選ばれたのはその語り口と飾ることのない温かさ、登場人物達の個性など様々な要因があったからこそだと思います。
キャラクター小説隆盛の時代において産声を上げたこの絵画のような素敵な物語は、近年のわしの読んだ物語の中でダントツ一位をかっさらっていきました。
だからこそ、万全たる自信を持ってわしはこの「ミミズクと夜の王」を
まだ見ぬ人におススメしたいと思うのであります。

この素敵な物語に出会えたことに感謝して。

作品本体のあらすじの引用にてこの記事の締めの言葉に変えさせていただきます。



魔物のはびこる夜の森に、一人の少女が訪れる。
額には「332」の焼き印、両手両足には外されることのない鎖。自らをミミズクと名乗る少女は、美しき魔物の王にその身を差し出す。
願いはたった、一つだけ。
「あたしのこと、食べてくれませんかぁ」
死にたがりやのミミズクと、人間嫌いの夜の王。
全ての始まりは、美しい月夜だった。
――それは、絶望の果てからはじまる小さな少女の崩壊と再生の物語。
第13回電撃小説大賞<大賞>受賞作、登場。




追伸:ジブリで映画化されんかなぁ・・・

ではでわ
僕は、もう八時を指そうとしている時計を見ていた。一つ点けた電球も今日は暗い。
扉が開いた。
「ただいま」
ようやく帰ってきた亜季を見て僕は嬉しさやら怒りやらがこみ上げてきてごちゃまぜになった。
「遅いじゃないか!」
つい口から出てしまったきつい言葉に反応して、亜季はビクッと肩を振るわせる。
「…ちょっと色々買ってたら遅くなったのよ。それでもまだ八時じゃない」
たいして悪びれもしない亜季にひどく怒りを感じた。誰のせいでこんな…!
「君はここに囚われているという自覚が足りないんじゃないのか!?」
言ってしまってから、僕はむなしく口を押さえそして顔を背けた。言いたくなかった言葉なのに、一番嫌なときに言ってしまった。その言葉が彼女にどれくらいの傷を刻むか解っていたはずなのに。
悲しく歪んだ彼女の顔と、彼女の荷物が床に落ちる音。
「……そんなの…分かってるわよ、馬鹿!!」
亜季はドアを乱暴にバタンと閉めて飛び出して行ってしまった。一歩進もうとして足を止める。亜季が悪いんだ、遅くなったりしたから…。
袋を拾い上げて、そこに漂う匂いに気付いた。何か香ばしい…袋の中をあけて気付く、チキンだ。カラメル色に焼かれ香ばしい匂いを惜しげもなく撒き散らしている照り焼きのチキンがそこに入っている。そしてもう一つの袋には形の崩れたケーキが入っていた。
そこで僕はやっと気付いた。亜季が来てから今日でちょうど一年じゃないか。
袋を机に乗せてから僕は走って扉を開けた。暗がりの中のどこにも彼女の姿はない。
戸口の下方のすぐ脇に添え付けられた懐中電灯のプラスチックでできた留め具が折れて弾けるほど乱暴にそれを引っ掴んで、手を放した隙に閉じようと迫ってきていた扉を蹴り開けて僕は暗闇の降り立つ木立の中に身を躍らせた。
厚い雲が覆ってしまっている世界には月明かりなんて届かない。手に持った光で照らし当てようとするも辺りを見回せど彼女の姿はそこにはない。もっと遠くまで行ってしまったのだろうか。薄ぼんやりとした今にも切れそうな街灯の明かりが坂の下まで続いているが、そちらに進む影は見当たらなかった。
どこに行ってしまったのかと焦る気持ちが余計に僕を急き立てる。
忘れていたんだ、君が来た日がいつだったかなんて。そんなにも気にしていたなんて思いもよらなかったんだ。
僕は、君はずっと自分の運命を憎んでいるんだと思っていたんだ。君はさらわれて来たんだから。無理やりここに連れて来られたんだから。
でも本当はそうじゃなかったのかな。君はここで過ごした一年をどう感じていたのかな。僕が考えるよりもずっと、君は幸せに感じていてくれたのかな。
一年を祝おうと思えるほどに。
僕の考えを君はいつも越えていくから、今僕が考えていることと君の思うことは食い違っているのかもしれない。本当に憎くてあの鶏肉やケーキに毒が仕込まれているのかもしれない。
でもだからこそ僕はもう一度君と話がしたい。今までお互い核心には触れないように暮らしてきた。だけど今、もしこれから新たに一年を始めようと思っているのなら…。
「亜季!!いるなら返事をしてくれ!」
振り絞った声で叫んだ。僕も新しい気持ちで君と向き合いたいんだ。亜季。
風に揺られていた木の葉が、ポツポツと小さな音を奏で始めていた。


夜の闇を深めていた曇天は堪えきれなくなって零れ落ちた。虫の音も自分の足音すら聞こえず、ただ聴覚を麻痺させる水音の津波が僕の世界を洗い流している。
どれほど探したのだろうか、それでも亜季の姿は見当たらず降り注ぐ雨に視界と感覚も奪われて気がつけば自分の家にたどり着こうとしていた。帰省本能というやつだろうか。
雨音に呼び声を、水滴に懐中電灯の明かりすら阻まれてはもはや探すどころではなくなってしまった。どこかの木の下で雨宿りでもしていてくれればいいが、雨を見て昔を思い出していないだろうか。そう考えるとどうしようもなく無力な自分に腹が立つ。
玄関のふちに立って雨を避けると、改めて自分がまるで洗濯でもされたようにずぶぬれになっているのが解った。一歩歩くたびに靴がギュポっと不快な音を立てて文句を言ってくる。それがなんだかあまりにも情けなくて肩を落とした。
靴を脱いでひっくり返すとそれだけで水たまりが出来そうだった。足にへばりついた靴下を立ったまま脱ごうとして転んでさらに濡れた。ズボンとシャツを脱いで絞り、靴を残して全て洗濯機に突っ込もうと家の中へ入った。
「遅い!」
掴んでいた衣服が手の間をすり抜けて地面に落ちた。それからようやく僕は自分の耳を疑う事が出来た。まさかそんなあり得ない。誰か夢だと言ってくれ。
「何時間待たせるのよ!せっかくの料理がすっかり冷めちゃったじゃない」
救いの手はどこからも差し伸べられない。目の前にはあのテーブルの上にチキンと崩れたケーキを前に座っている亜季がいる。
そしてあろうことか亜季はこれっぽっちも濡れていないことに気づいた。
狐につままれたのか。長い夢を見させられていたのか。僕が家を出てからほどなくして雨は降り始めたはずで、そうだとしたら亜季はその時点で既に家の中に戻っていたことになる。
「・・・えーと」
未だ喋る言葉を見つけられない僕をよそに、亜季はさっさと座れと語る目を僕の方に向けていて、しかしふと何かに気付いた様子で慌ててそれはもう全力でそっぽを向いた。
「ばっ・・・なんて格好してるのよ!変態!すけべ!」
少し上擦った罵声と共に飛んでくるテーブルに並べたフォークや箸を体に浴びながら、ようやく僕は外で今何をしてきてどういう格好だったのかを思い出し、濡れてしわくちゃな服とズボンを引っ掴んで洗面所に逃げ込んだ。トランクスがせめてもの命綱だった。
今までどこかに追いやられていた疲労や安心がここぞとばかりに押し寄せてきて、僕は踏ん張ることもできなくて床に尻餅をついた。
今まで走り回っていたこと、雨が降ってきたときの心配、自分勝手に考えて出した決意、それらが皆無駄に終わってしまったのだ。僕の考えた事はただの取り越し苦労で、本当は亜季はすぐに家に帰ってきていて、雨を怖がることもなかった。
「ねぇ。ご飯もうとっくに冷めちゃってるんだし、そのままじゃ風邪引いちゃうからそのままお風呂に入っちゃってよ」
「・・わかった」
そう答えて洗濯機に濡れ鼠の衣を放り込んで、奥に続く扉を開けた。
「ねぇ亜季」
「なに?」
「どうして、この家を出て行かなかったんだい?」
少しの沈黙。
聞かない方が良かったのかもしれない。でもこれで逃げていれば自由だ。軟禁生活ともおサラバできて無理やりここに住まなくてもよくなる。
「・・・私にはもう此処しか居場所がないもの」
亜季はそう言った。僕は返事もできずに風呂場のドアを閉めた。
シャワーの下に陣取って蛇口を捻る。降り注ぐ雨は先程までと違って暖かくて、強張っていた体に温もりを与え続ける。雨音に全ての音はかき消され心臓の音すら今は聞こえない。
そうして僕の頭は真っ白になった。
先入観だとか固定観念だとかそういうものに囚われすぎていたんだろうと思った。
ここに連れてこられたのを嫌がっている。
行く場所が無いからここで暮らしているだけ。
僕はただ預かっているだけ。
そして。
いつかの未来で、ボスの恋人になるかもしれない子。
だけどそんなもの全部走ってる間に剥がれてしまった。降り注ぐ雨に流れてしまった。暖かさで溶けてしまった。
一年経って僕は今、初めて僕自身の目で亜季を見ることができた。


風呂から出て体を拭き、そういえば着替えを用意してないなとぼんやりした頭で考えると、視界の先の激しく揺れる洗濯機の上に折りたたまれた寝間着が置かれていた。
亜季が持ってきてくれたのだろうそれを手に取ると、木張りの床に転がり落ちる金属音がした。
拾いあげて見るとそれは安っぽい銀細工の指輪だった。浮き彫りにされた十字架が鈍く光るシンプルな指輪だ。
「着替えありがとう。ところでこれは?」
そう洗面所を出ながら尋ねると、むすっとした顔で遅いというテレパシーを目で送りながら「買い物の途中で見つけたから買ったの。一年住まわせてくれたお礼」と言った。「大きさは適当だけどね」そう付け足した。
つまりどの指にも入らない可能性もあるということで気になった僕は右手から手当たりしだいはめてみる。右手の薬指にははまったもののしばらくすると指の色が赤紫に変わってきたので慌てて外した。そうしてこの指輪に合うシンデレラはどの指かなんてことを考えている間に右手の指は全滅して、左手の指にようやく落ち着くことになった。
それから僕は全力で指輪を抜き取ってズボンのポケットの中に押し込んだのだった。
文句を言う亜季を尻目にテーブルの上の料理を温めなおして、そのせいで少し固くなってしまったチキンや形の崩れたケーキを二人で食べる頃にはもうすっかり夜も更けてしまっていた。どういうことがあったとかこういう物が売っていたなど他愛も無いたった二人だけの宴は東の空が明らむ頃まで続いた。
亜季の方が先に眠ったので体を抱えて部屋へ運びベッドに寝かせた。しばらくぶりに入った元僕の部屋は以前と何も変わらなかった。亜季は部屋に飾るものすら持っていないのだと知った。考えればすぐにわかることなのに僕はそんなことも知ろうとしていなかったんだと知った。それがとても馬鹿馬鹿しく思えた。
この一年で僕は変わった。癖になっていた煙草を吸わなくなった。誰かと一緒に暮らす楽しさと大変さを知った。人を愛しいと思うようになった。
だからまだ僕は変わっていける。
その先がどうなっているのかはわからないけれど、この子が幸せであるようにとそう願った。
2006.09.24 更新予告
もうじき、ってか早ければ明日・・・今日か、ほほえみの詩更新しますよっと。

エーと・・・第6章・・・?やべ、久々過ぎて覚えて無い。

でも地道に書き足してるんですよ。予定ではあと4話くらいで完結となります。

読んでくれてる人に申し訳無いので、この先は他の進行中小説12編には目もくれず書こうかと思っております。

いい加減書かないと誰も覚えてなさそうだしorz

がんばれ!自分!

・・・がんばりますorz


この記事消しちゃうかもしれないんでコメントくださる方(いるだろうか・・・いなさそうだけどorz)別の記事にでも書いててください。
まぁ、この記事に書いちゃったらそれはそれ。この記事消さないだけですけどね。

ま、そんなこんなです。応援よろしくぅ

ではでわ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。