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まぁ前々回の題名とリンクさせた感じです(ナニ

今日はまぁ、前と被らないようなことをつらつらと。


今日、太田総理の私が総理大臣になったら・・・秘書田中。(題名なげぇよ)でも話題となったのはいじめ問題でした。

※注 関西在住なのでズレはあるかも。

これがまぁ案外面白い。
「いじめをなくそう、というスローガンを撤回する」
という発案を元に議論が繰り広げられるんです。

なんで撤回するんだ?って思う人も多数いるでしょうから簡単に覚えてるところだけ説明すると・・・




いじめをなくそう、というスローガンの元に政策が繰り広げられ、いじめによる自殺等が0件になるなど成果を上げているように見られた。しかし、いじめをなくそうというスローガンはいつしか、いじめがあってはならない、という観念を植え付け、それが最近浮き上がってきているいじめ隠蔽問題などを生むことになった。事実、小中高校生でいじめをうけた事がある、と答えた人は過半数を越えており、いじめはなくなったのではなく隠され続けてきただけだったと言える。それが手遅れの問題を生み出す結果にもなった。
いじめはなくならない。ならばいじめがある、という事を前提に置いて対策を立てることで早期発見にも繋がり、即座に対応できるようになる。
まぁ早い話が、いじめがあることを認めてしまえばもっとしっかりした対応ができる、というような感じです。(うろ覚え)



これについて思うことも人それぞれやろけど、わしは面白いと思った。
確かにどうやってもいじめは無くならんわ。やけど今はまだ、その現実から目を背けてる気がする。
そりゃ先生かて人間やから、うちのクラスでいじめがある、なんて認識したくないやろな。それに対応せなあかんし、そればっかりに取り掛かるわけにもいかんし。
それに子供も考えてるから、あからさまに先生や親の前ではいじめたりせーへんよ。
ただでさえ直視したくない現実やしな。

だからわしはこういうのも有りだと思うんよ。
今はまるで腫れ物を扱うかのように子供たちに接してるやん。いじめのこともそうやけど、ちょっとの怪我でも学校に責任追及する親おるし。学校もそんなんで新聞沙汰とか裁判沙汰とかなりたくないからピリピリしとる。
これどこで聞いた話やったかな・・・桃太郎の演劇やるのに今は桃太郎が5人も10人もおるっちゅう。
親が、何で自分の子が主役じゃないのとわざわざ言ってくるんだそうで。
んでまぁ、扱いが随分丁寧なんよね。
わしらの時は顔面舐める先生おるわ、ものさしで背中はたくのもおるわ、拳骨平手なんか当たり前やったもんやけどなぁ。

まぁそんな中に、思いっきり踏み込んでいくいい策やと思うのよ。
踏み込まんと見えへんものもある。認めんとわからへんものもある。


でもまぁ、やっぱり反論もあるわけで。
いじめがある、と前提に置いたら、それはいじめを認めてるってことになるんじゃないか。いじめはいけないことだという認識が薄れては、さらにいじめられる人は増えるんじゃないか。
掲げるべき理想は必要で、目標がそもそもいじめを認めてしまってはどうしようもない、なんて感じのもあったっけ。

一理ある。あるけどどうなん?
なんで考えさせへんのかわからん。決めるのは自分やん。押し付けたら反発するものも出てくるし。
子供は正しい方向へ導かなければならない、なんて気負いがあるんやろうか。
そこまで子供って何にも出来ないもんかね?ちゃうやろ。
自分らで本でも読めば何かしら吸収するやん。教わらんと知る事ができんようなことはそりゃ教えんといかんやろうけど、道徳的なことってそうじゃないやろ。
そら間違ったことしたら怒らなあかん。でもそうやって自分で価値観決めていくんちゃうか?
ほんとに幼い子供やったら刷り込めば言う事聞くかもしれんけど、小学校の高学年とかは聞いて半分やろ。
理想は持っとくもんやけど、だからって理想ばっか見てて現実見てなかったら元も子もないわな。



さて・・・思うがままに書いてしまったけども・・・。

ちょっと冷静になります。


今日その番組で関心したことがいくつかあって。

1つ目はこんなセリフ。

「いじめをなくそう、なんてのは結局いじめてる側にしか届かない言葉なんだ。いじめられてる方がいじめをなくそうなんて言われたところで、なくそうというならこの現実をまずどうにかしてくれって思うはずだ。」

その通りです、言葉もありません。
確かに自分がいじめられてるのに「いじめをなくそう」なんて言われたら正直むかつく。ナニ勝手に綺麗事言ってんのって思う。言う相手が間違ってるだろ、と。


そしてもう一つ。
「人間が生きていくのに必要なのは好奇心。」


好奇心を無くしたら毎日が苦痛で仕方ないんだろうなぁと。
明日には想像もつかないような何かがあるかもしれない、そう考えただけで生きる力になるもんです。


そして。
「子供達が今どんなにかいじめられたりして死にたいと思うほど苦しくても、それは大人になったら随分平気になるもんだ」


これは痛感しますね。子供の頃は学校でいじめられてると、ほぼ毎日学校に行かなきゃならないから相当しんどいんですよね。毎日が嫌になる。
でも大人になったら合わない仕事は転職すりゃいいし、合わない人とは顔を合わせないように出来るし、そうやって負担を軽減させられる。どんなに嫌な人がいても少しすれば永遠に会う事が無くなるかもしれない。(死ぬ、という意味じゃなくて。)
子供の頃には経験できなかったようなことがたくさんありますよ。一人旅だって出来るんです。ストレス発散にはもってこい。
そうやって時を重ねることで選択肢が増えていって、嫌な事を軽減させる術も自ずと身についてくる。

だからそんなことで命を捨てるのはやめてほしい。勿体無い。

生まれた意味なんて分からない。誰にも必要とされてないかもしれない。誰もが自分を嫌ってるかもしんない。生まれたことに意味なんてないのかもしれない。
いろいろ考えて、答えが欲しい物だってあると思う。

んなもん自分で答えを作っちまえばいい。
そしてそう在ればいい。




さて。
今楽しみにしている番組があります。
わりと有名な「オーラの泉」です。江原さんとか出てるやつです。そうそれ。
関西では次の水曜日が、なにやら自殺のことについて話されるようで。
あの人の感覚は本物だろうなぁと思ってますし。
どう言うのか楽しみなのであります。


とまぁこれにて締めの言葉に替えさせていただきますよ。
またオーラの泉見た後とかに書くかもしんない。


見てくれたかた、ありがとうございました。


ではでわ

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